日本一ゆるいアイアンマンのトレーニング日誌

日本一ゆるい考え方でアイアンマン完走を目指すトレーニングブログ

トライアスロンへの招待状 その②

転機がおとずれた

 

その転機とは何かと言うと、

その当時は30歳になるかならんか、

社会的にはそこそこの年齢にも関わらず、

フリーターをやっていました。

 

が、先ほどトレーニングに通っていた、

加圧の友達が、『一緒に加圧トレーナーやろうや』

と誘ってくれたのです。

 

厳密に言うと、約半年間ずっと誘われていたのですが、

断り続けていたんですけどね(笑)

 

と言うのも、資格取得費用に、

その当時は120万円程掛ったのです。

(今は随分と安くなってるみたいですが…)

 

で、トレーナーになる決意をして、

加圧トレーナーへ転向しました。

 

そして、その年の冬に、

記念すべき大阪マラソンの開催が決定しました。

 

もちろん僕は全く興味がなく、

そんな練習するつもりもなかったので、

エントリーをするつもりもなかったのです。

 

そう、なかったのですが…。

 

友達の情報によると、なにやら競争率が激しく、

抽選が厳しいらしい。

 

という噂を聞きつけ、んなアホな。

俺クジ運良いし、運だめしと思ってエントリーしたろ!!

 

と走るつもりもないのにエントリーしたら

なんと当選(笑)!!

 

しかも周りはほとんど落選…。

 

ならば、走るしかない!!

 

で、どうせなら、加圧トレーナーになった事やし、

加圧トレーニングだけで持久力もつくのかどうか人体実験や!!

 

てな訳で、ほとんど走る練習はせず、

加圧トレーニングだけを約1ヶ月間みっちり、

で、目指せ4時間切り(サブ4)!!

 

と言う、アホな目標立て、

それに向けて加圧トレーニングをメインに、

週に1回5キロくらいのジョグをしました。

 

ただ、せめて一回は30キロ走っといた方が良いらしい。

 

という噂を聞き、大会の2週間前くらいに、

1度だけ30キロジョグをしました。

 

まぁ、当然途中潰れましたが、

なんとか25キロは走れました。

 

初めてのフルマラソン

 

そして大会当日。

 

とにかくスタートまで寒くて寒くて、

おしっこは行きたくなるが、トイレは大渋滞。

 

スタート前にそのスタートエリアから離れると、

最後尾からのスタートとの事。

 

ん~、ここは我慢…。

 

と思い、我慢しようやくスタートした。

らしい。

 

かなり前方の方なので、

放送でスタートを知るという(笑)

 

で、実際にスタートラインを超えたのは、

号砲がなってから約30分以上経過。

 

もう既にもれそう(笑)

 

そしてスタートしてすぐにトイレへ!!

 

と思う事は皆同じで、どのトイレも大渋滞。

これはしばらく我慢して走るか…。

 

と、結局10キロ近くまで我慢。

地元民しかしらない小さな公衆トイレへ。

 

数名並んでいたが、

割と早くにトイレを済ませ、再スタート。

 

そして、25キロ地点までは割とすんなり走れ、

余裕で目標達成ペース。

 

がしかし、

魔の25キロ地点…。

 

脚が重くなり、ちょっとペースを落とし、

30キロ地点…。

 

レース中初めての徒歩

 

チーン…。

もう歩くしかない。

 

学生時代からあれだけ走っていたが、

走れなくなるのは初めての体験だった。

 

そして、どんどん抜かされていく。

1キロがなかなか進まない。

 

それも当然。

走っている時の倍ほど遅い。

 

 でもさすが大阪!!

 

沿道のおばちゃんの応援がハンパ無く、

『兄ちゃんがんばって~!!』

 

とおばちゃん軍団にパワーをもらい、

ここまで応援されたら、走るしかない。

 

と、ボチボチ走り始める。

 

意外と休憩すると回復するもので、

軽いとまではいかないが、

脚が多少回復してそれなりに走れるようになった。

 

 そしてそのまま行けるか~!!

 

と思ったが、さすがにフルマラソン

そこはそんなに甘くはない。

 

そこからは走っては歩き、走っては歩きを繰り返す。

 

正直リタイアも考えた。

ただ一つだけ自分を駆り立ててるものがあった。

 

その駆り立てたものとは一体!!

 

つづく